澄み渡る心
澄み渡る心
何か出来事があり、それに反応するのは自我です。神は、聖霊は、スピリットは反応しません。すべて、赦します。
反応し、自分というものを正当化し始めると、どんどん、どんどん、心が揺れ始めます。一時の優越感に浸ったり、希望の無いどん底に落ち込むような錯覚に陥ってしまったり。
瞑想をしたり、瞑想となりうるメンテナンスや散歩などをして、心を空っぽにしたり空っぽになる瞬間があると、ふと、インスピレーションを受け取ることになります。
『私の懐はもっと深い』
ちょっと自我的な表現ではあるような気もしなくはありませんが(笑)、今回受け取ったインスピレーションです。
赦せば、楽になるのに。
本当にシンプルです。その上で、行動を起こすべきだと感じたり、あるいはその流れを観じるのであれば、それを抑え込まないことです。もし行動を止める流れを観じるのであれば、それを抑え込まないことです。
よく間違えます。でも、間違ったらわかります。修正すればいいだけのことです。
取り組むということは、時間を短縮するということです。だんだん、間違うことが少なくなっていき、だんだん、間違ってから気づくまでの時間が短くなっていき、だんだん、間違わなくなっていきます。
自分を信じて、
自信をもって、
苦しむ必要など一切ないということに気づけば、
それだけで心は澄み渡ります。