世界は幻想。
世界は幻想。
世界は幻想。
でも、本当に見える世界。もしそれが、真実ではなくて、幻想であるという方が真実だとしたら?私はどう生きればいいのだろう。
そんなふとした気づきから洞察が働きます。
もっと言うなら、自分というものがあったらどうなのだろう、という狂気の思い・自我が生まれたように錯覚したことからこの世界は始まった、というのです。神は世界など創っていない。
もし幻想であるなら、時間というものもないなら。
目の前に見える、あと何分で何をする、ということなどに囚われる必要などありません。もっと、もっと大きな視野をもつことができるようになるかもしれません。
そうして見れば、その瞬間の喜怒哀楽にも左右されることはありません。そのものすら、あってもいいのですが、なくてもいいものになります。
総じて気づいたことは(端折っていますが(笑))
『すべて、エンターテイメントだ、と感じてもいいということです。』
目の前の時間に追われていることや、
他人に見える人達の行動についてや、
大きな喜び、小さな喜びや、
そのすべて。
自分、というものが体験しているのだけれども、それはじ自分ではなくて。映画を観ているようなものとして、実際に体感するのです。
囚われる必要はありません。
喜んだり楽しむことをしてもいいのです。